え、まさか「個人の時代」は幻想だった!?

え、まさか「個人の時代」は幻想だった!?

なんちゃって「個人の時代」には気を付けて!

今回は「パーソナル革命アカデミア」の重要なテーマの一つである「個人の時代」を掘り下げようと思います。最近「個人の時代」という言葉だけが一人歩きしていてすごく違和感があるんです。

私は当サイトに限らず、いろんなところで「個人の時代がやってきた!」と発信してますが、言葉のイメージだけで「個人の時代」を解釈して、あらぬ方向に行ってしまう人が現れないように改めて整理したいと思います。

パーソナル革命アカデミア的「個人の時代」

1.組織に属さないことが目的ではない

あえて言えば国も組織。人間、なんだかんだ言って一人では何もできません。サラリーマンやってると痛感しますが、やっぱ組織は強い。さらに頭の良い人たちがしっかりマネタイズしてくれてる。

所詮会社なんてどっかのおっさんが創った自己実現の集合体に過ぎないので、正義や平等を期待してはいけません。会社って理由が必要なのでいろいろ御託並べますが、所詮好き嫌いとか派閥とか男女関係とか、そういう個人的な感情で動いています。よって有能な人が必ずしも出世するわけではありません。

つまり、やり方次第では無能な私たちにも出世のチャンスはあります。出世して給料が上がれば脱出する必要はありませんよね。働きながらでも夢を追いかけることはできるし、生活が安定するのでむしろその方がいいかもしれません。

本人さえ納得していればサラリーマンでも「個人の時代」の生き方

2.「個人の価値」をマネタイズすることが最大のポイント

  • どんなに素晴らしい商品でも山奥でひっそり販売してれば売れない
  • どんなに素晴らしい知識でもアウトプットしなければ知らないに等しい
  • どんなに素晴らしい技術でも使わなければ評価されない
  • どんなに素晴らしいサービスでも必要じゃない人には迷惑でしかない
  • どんなに素晴らしい人格者でも引きこもっていては伝わらない

全人類に価値があるかどうかの議論はさておき「個人の価値をマネタイズ」=「個人の時代」と言っても過言ではありません。評価経済とはすなわち個人の時代。

つまり、個人の価値をマネタイズすることこそが評価経済なのです。時代は「貨幣経済から評価経済へ!」と言われてますが、評価経済が貨幣経済に取って代わるわけではありません。本質的には貨幣か?評価か?という話ではありません。なぜなら、価値あるものにはいつの時代も値段が付くからです。

会社に依存しない収入源を得ること」「個人の価値をマネタイズすること」こそが「個人の時代」の生き方そのもの

3.個人が組織より強い!有利!という訳ではない

当サイトに限らず、ネット界隈では「個人の時代キター!」「評価経済くる~!」といわれて久しいですが、別に個人が組織より有利になったわけでもないし、個人が強くなったわけでもありません。あえて言えばテクノロジーの進歩によって個人が組織と対等に戦うことができる時代になっただけです。ここを履き違えると痛い目に遭うかもしれませんので気をつけましょう。

「個人の時代」の象徴的な存在がユーチューバーですよね。一般人がたった一人で動画を撮って何億も稼ぐなんて20年前は誰も想像すらできてないし、そもそも日本においてヒカキン以前にユーチューバーはいませんでした。あとはブロガーやインフルエンサー、情報商材等のネットビジネスで成功する人も現れました。さらに個人がkindle等で電子書籍を出版したり、クラウドファンディングで支援を募ったり、個人が活躍できる時代になったことは事実です。

しかし、当然ながら参加する全員が成功するわけではありません。何をやってもどこに行っても厳しい生存競争はあります。あえて言えば、いい大学に入るより、いい会社に入るより、出世するより、ユーチューバーで食っていく方が遥かに難しい。特出した才能と時代性を備えた戦略が必要不可欠な厳しい世界なのです。

「個人の時代」とは、時代性を備えた個人がテクノロジーを使いこなし、戦略的に価値を創造する時代

マネタイズこそ「個人の時代」を生き抜くポイント

「個人の時代」は会社勤めとかフリーランスとかの雇用形態は関係ありません。大事なのは「個人」が主体性を持って稼ぐ手段を選んでいるかどうか。つまり、真の「職業選択の自由」が実現された時、イメージとしてはパラレルキャリアが当たり前の社会になった時こそ、真の「個人の時代」になったと言えるのです。

「真の個人の時代が来た!」

私たちが高らかに宣言できるのはもう少し先になりそうですね。

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